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モチベーション

 9月になりました。日本では台風が沢山発生しているようですね。豪雨による被害も大きいようで、心配です。また、私の地元は梨の産地ですが、農作物への影響も気になるところです。ちょうどこの記事を書いている今も、九州方面に台風が近づいているようです。

 

 

 さて、組織行動論の授業で、社員のモチベーションが取り上げられました。組織として如何に社員のモチベーションを高く維持するかは重要な課題です。しかしながら、モチベーションには様々な要因があり、間違ったインセンティブを与えると意図せぬ方向へと導くことになり、組織に甚大な被害が出ることもあります。

 

 モチベーションは大きく「内的」なもの、「外的」なものに分けられます。英語ではintrinsic motivationとextrinsic motivationと言われます。内的動機付けには対象への強い個人的関心、目標達成そのものにおける満足感や周りからの承認が影響しています。一方外的動機付けは、お金や褒賞、地位といったものが影響します。一般的に、内的動機付けの方が長続きしやすい一方、満たすのが困難という側面があります。

 

 単純にこれらの要素をたくさん与えればモチベーションが上がるかというと、そうではありません。例えば、ある実験によると、内的動機付けが十分に成されている人に対して、お金などの外的動機付けを与えようとすると、逆にパフォーマンスが下がってしまうという事です。個人的には、(自ら進んで)勉強しようとしていた時に親から「勉強しろ」と言われると、やる気が下がると思うのですが、そんな感じでしょうか(特に外的動機付けがあったとも言い切れませんが…)。

 中学生くらいの頃、自分よりテストの点が高い同級生がいて、「塾に通っている奴に負けてたまるか」というモチベーションだけで勉強に励んだ時期がありましたが、あの時親から何か言われていたらやる気を無くしたかも知れないなと、思い起こすことがあります。何事も自由にさせてくれた親に感謝です。

 

 内的動機付けが十分あるところに外的動機付けを加えると、パフォーマンスを下げてしまう可能性がある一方、外的動機付けがあるところに内的動機付けが加わると、パフォーマンスを大きく向上させることがあります。如何に他人の内的動機付けを向上させるかは非常に難しい問題ですが、こういった仕組みを知っておくことは、仕事のみならず子育てや日頃の人間関係にも応用ができると思います。

 

 このモチベーションの理論については以下の本が詳しいので、興味のある方は読んでみてください。

 

  この著者は他にも面白い本を書いています。読書好きの方は、ぜひこちらも読んでみてください。

 

ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代

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フリーエージェント社会の到来 新装版---組織に雇われない新しい働き方

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 さて、モチベーションというテーマに絡めてもう少し話をしたいと思います。ぼんやりと自分の生き方について考えることがあるのですが、これまでの人生、なんとも中途半端な生き方だったなと感じます。自分が熱心に取り組んだことといえば、野球・勉強・仕事くらいしかないのですが、すべてに共通して「中途半端」という言葉がしっくりきます。私のことをよく知る人からすれば、「別に十分熱心に取り組んだじゃないか」と思うかもしれません。ただ、他人からはどうしても結果に焦点が当たってしまうので自分の感覚とずれがあります。求めるレベルも違います。長く続けたからといって、やり切ったと思うわけでは無いですし、それなりにいい結果が出たからと言って満足できるわけでは無いです。あくまでも、私の主観的な感覚からして中途半端なのです。

 

 結果は運次第なところも大いにあるので何とも言えませんが、私自身、結果以上に過程が中途半端だったと思います。自分の目標に対して、本当に100%のエネルギーを注いできたかと自問すると、答えは「否」です。もっとやれる事があった、もっとそれらに時間と熱意を注ぐべきだった、そう感じます。もちろん、100%やり切ったからと言って結果が良くなるとは限りません。逆に悪くなるかもしれません。でも、自分自身に納得がいかないのです。

 

 自分の取り組みに何が足りなかったかと考えてみると色々浮かんできますが、やはりモチベーションがどこか欠けていました。そして、モチベーションの欠如は取り組む姿勢に致命的な影響を与えると思います。

 

 例えば野球について。もともとは野球に対して非常に熱心でした。本気でプロ野球選手になりたいと思っていました。野球へのモチベーションに変化が起きたのは、中学1年生の時だと思います。小学校3年生から大学4年生まで野球をしていて、ポジションは大体ピッチャーでした。中学1年生の時に自分の中で絶好調と思う時期があって、全く打たれる気がしませんでした。ただ、その矢先に腰を痛めてしまいました。大会が迫っていてチームに迷惑をかけたくなかったこともあり、休まずにプレーを続けていたのですが、今度は肘も痛めました。それでも投げ続けたら、終いにはジョギングするだけで肘に激痛が走るようになりました。

 大会が終わってから病院に行ったと思うのですが、明確な原因は分からずひとまず休ませることで治しました。治ってからはひとまず投げれるようになったのですが、すぐに肘に痛みが出るようになりました。肘をかばう為か、肩や肋骨にも痛みが出ました。高校に入って硬式野球を始めると症状はさらにひどくなって、少し投げ込むと翌日には肘がまっすぐ伸びなくなりました。大会で3連投になった日は、もはや自分の肘では無い感覚でした。もっと投げたいのに投げられない、理想の投げ方があるのにそうしようとするとどこかが壊れる、そんな野球生活でした。

 こうして思うように練習やプレーが出来ない日々が続いて、次第にモチベーションを失った気がします。ピッチャーなんて早々に諦めて野手として生き残る道を選べばよかったのでしょうが、プライドというか拘りというか、そういうものに影響されていたと思います。

 なんだかんだ大学卒業まで野球を続けたのですが、最後に引退を迎えた時の気持ちは「やりきった」ではなく、「何かすっきりしないな」でした。だからと言って卒業以降も野球を続けてやろうという思いは全くありませんでした。むしろ野球からは離れて、新しく情熱を注げるものを見つけよう、そう思っていました。

 社会人になってから、一時母校の野球部のコーチを頼まれたことがあったのですが、完全にモチベーションを失った私には、やはり情熱を注いで頑張れるものではありませんでした。チームにも生徒達にも、沢山迷惑をかけたなと申し訳なく思っています。

 

 勉強にしても、仕事にしても、やはり同じようにモチベーションに足りない部分があったと思います。大学受験、ビジネススクールの受験、銀行での仕事…どこか不満が残る感じです。別に手を抜いていたわけでは無いのですが。

 

 

 自分と同じくらいの年齢、または自分よりも若い人で、自分の目標が明確に定まっていて、それに向かって100%の力を注ぐことが出来る人、つまりモチベーションにあふれている人が羨ましいです。他人にどう思われようと、何と言われようと、ただがむしゃらに生きる人が羨ましいです。

 

 これまでずっと中途半端な人生だっただけに、これからは自分が納得できる生き方をしたいと強く思っています。何か一つでいいから、没頭できるものが欲しいです。死ぬ前に「中途半端な人生だった」とふりかえるような人生にはしたくないのです。ただ、頭の中であれこれ考えたところで答えが出てくるわけでは無いです。大したものが入っていない頭の中を掘り起こしたところで、何も出てきません。そもそものインプットが圧倒的に足りていないのです。だから、行動を起こすことで、自分が知らない多くのものに触れることで、自分の内なるモチベーションが爆発する何かを見つけ出したいと思います。

 その意味では、住んでいる環境が変わり、付き合う人が変わり、そして時間の使い方が変わるこれからの2年間が大きなチャンスです。2年間でやりたいことは山ほどありますが、自分のintrinsic motivationを呼び起こす、これが一番の目的です。