UCLA Anderson MBA留学記 

MBAのこと、LA生活や趣味のこと、地元山陰のことetc

勝負する土俵を選ぶということ

 前回の記事で、キャリアについての正直な思いを書きました。

 

toshihisa1527.hatenablog.com

この記事の中では書いていなかったのですが、もうひとつ大学生時代就職先を選ぶ上で感じたことがあるので書き残しておきます。

 

 

それは、「小さな組織でもいいから、自分が中心となって活動できる場に身を置きたい」という事です。

 

 

 

私は大学の4年間体育会の野球部に所属していました。野球部は東京六大学リーグに属していて、誰もがリーグ戦に出場して活躍する事を目標に活動していました。

 

私は4年間、レギュラーどころかベンチ入りの25人にすら入ったことがありません。これは単純に努力を怠っていたことが一番の原因だと思っています。

 

もちろん、頑張っていたらベンチ入りの選手たちよりも上手くなっていたという保証はありません。でも、その判断をする以前のところでやるべきことに全力を注いでいなかったので、今更どうこう言う事すらできません。

 

東京六大学野球は毎年プロ野球選手を輩出するようなレベルが高いところです。一流の大学野球選手たちと共に練習したりプレーしたりできるという点では、非常に恵まれた環境です。

 

そんな環境で4年間野球を続けて、試合には出られなかったが満足いく野球生活だったかと考えたとき、

 

やっぱり野球っていうのは試合に出てこそ楽しいんだ、と実感しました。

 

どんなにレベルが高い場に身を置いても、試合に出られなければワクワクは無い。それならば、野球自体のレベルは落ちても自分が選手としてしっかり活躍できる環境にいた方が良い。そう思いました。

 

 

 

もう一つ、私は大学3年生の時に選手を引退して、学生コーチという立場でチームに関わりました。

 

学生コーチとしは練習メニューを組んだり、練習中にノックを打ったり、2軍戦の采配を取ったりしました。投手と野手は普段別々に練習していますが、連係プレーの練習は一緒にやりますので、練習が滞りなく進められるように全体の練習予定を共有したりすることも必要です。

 

選手の人数が200人近くになると、監督・コーチだけでは練習を回していく事ができませんので、学生コーチ自体は必要な役割だと思います。

 

選手として全くチームに貢献できないくらいなら、学生コーチとして少しでもできることがある方が良い。そう思って学生コーチをしていました。

 

では、コーチとしての自分は充実していたか?というと、これもまた「否」でした。

 

自分がこの選手を試合で使ってほしいと思っていても、やはり最後に選手を決めるのは監督です。チームの方針を決めるのは監督であって、他の人間は基本的にそれに従うのみなんですね。

 

自分の中の「ああしたい、こうしたい」という思いが実現する可能性が限りなく低いというのは、お世辞にもワクワクするものではありませんでした。

 

 

 

一度大学に入り野球部に入部してしまったので、自分でも十分やっていけるようなレベルの野球部がある大学に入りなおすことは(不可能では無いですが)難しくなります。

 

そうすると、スパッと野球は辞めてしまって、別の事に学生生活を充てるという選択肢が出てきます。

 

ただ、野球を辞めると「根性がない奴」、「途中で逃げ出した奴」という批判と直面する事になります。

 

例え選手として試合で活躍できなくても、「厳しい環境の中に身を置いて4年間続ける事に価値がある」という意見はよく聞きますし、私自身もいろんな人に言われました。

 

最後まで耐えたという事が評価されることが多いわけです。実際、体育会に所属していた学生が就職において評価される要因の一つにも、忍耐力というものがあるはずです。

 

ただ、「最後までやり切ったから素晴らしい」というのは、思い通りにいかなかった自分を慰める言い訳、だと思いました。

 

本来ならば別の形で自分が活躍できる場を探すべきだったのに、そういう行動を取ろうとしなかった。そんな怠惰な自分を肯定する為の都合の良い言葉だと解釈しています。

 

もちろん、試合で活躍できない選手がみんな辞めてしまえばいいと言っているわけではありません。

 

そういう環境に置かれていても、野球部に所属する目的が自分の中ではっきりとしているのであれば、それでいいと思います。「たとえレギュラーになれなくても、自分はこの組織で最後まで野球したい」そう思っているのであれば全く問題ありません。

 

私の場合、「これは自分が歩みたい道じゃない」と思いながら、世間体を気にして別の道に踏み出せなかった。

 

私が欲しいのは、「根性がある奴」、「最後までやり遂げる奴」という評価なんかでは無かった。

 

私が欲しいのは、「選手としてプレーしている自分」、「組織の中心として活動できる自分」であった。

 

その思いを無視してずるずると過ごしたこと、自分がプレーヤーになれる分野を探そうとしなかったこと、これらが反省すべき点だと思います。

 

 

 

野球の話が長くなりました。

 

これを仕事に置き換えて考えた場合、仕事でも大学の野球部で経験したことを繰り返しかねないと感じました。

 

私の周りの学生の多くは、大企業に入りたがっていました。誰もが知っている有名企業は就職先として人気があり、倍率も高いです。

 

運よく入社できたとしても、そこで働くと大学時代の野球部に属していた時と同じような事になるのではないか。

 

そんな大企業に勤めた場合、自分はどうなるか。おそらくまた組織の中に埋もれってしまう、その確率が高いと思いました。

 

それならば、別に有名企業じゃなんくてもいいから自分がやりたいことができる方が良い。就活中にやりたい事といえばMBA留学くらいでした。大企業も企業派遣を行っていますが、私が抜擢されるというのはあまり現実的なことだとは思えませんでした(私費での留学をもっとしっかり考えていれば話は別だったと思いますが)。

 

だから、MBA留学できる確率が高い地元の銀行を選んだわけです。

 

もちろん私が今勤めている銀行も行員が2,000人近くいますので、その中で今後もプレーヤーとして活躍していくのは難しい事だと思います。

 

私の選択を「逃げている」と思う方もいると思います。それはそれで正しいのかもしれません。

 

それでも、私は一部の人間に逃げていると思われてもいいから、自分が中心となって活躍できる場を求めていきたいです。

 

私の考え方は、古い言葉だと「鶏口となるも牛後となるなかれ」といった感じでしょうか。

 

それが勝負する土俵を選ぶという事なんじゃないかと思っています。