銀行員のUCLA MBA留学ブログ 

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読書感想 『青い鳥』 重松清著 新潮文庫

小説はほとんど読まないのですが、学生時代は結構小説も好きでした。

 

この前ふと昔読んだ本の事を思い出したので、考えた事を書いておこうと思います。

青い鳥(新潮文庫)

 

 私は学部生の頃社会学を専攻してまして、教育社会学のゼミに所属してました。

 

確か4年生の時だったと思うのですが、授業の中で映画『青い鳥』を観る機会があり、この映画の原作である小説の事を知りました。

青い鳥 [DVD]

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小説『青い鳥』は重松清の短編集です。

 

村内先生という吃音症の教師が問題を抱えた生徒のところに赴任して、彼らにそっと救いの手を差し伸べる、そんな作品です。

 

8つの短編で構成されていて、映画の『青い鳥』はこの本に収録されている同名の短編『青い鳥』を原作にしたものです。学校でのいじめを題材にした話です。

 

「誰かを嫌うのもいじめですか?それとも好き嫌いは個人の自由なのでOKですか?」という生徒の問いに対して、

 

「人を嫌うからいじめになるんじゃない。人数が多いからいじめになるんじゃない。人を踏みにじって苦しめようと思ったり、苦しめている事に気づかずに苦しんでいる声を聞こうとしないのがいじめなんだ。」と村内先生は答えます。

 

私は誰でもいいから自分たちの敵をつくることによって仲間内の結束を強めたいという欲求があるのかなと思っています。理由はなんでもいいんです。本当に嫌っていなくても良い。欲しいのは共通の何かを持っている仲間で、それを得るために仮想でも何でもいいから「敵」らしきものを作り出す。そんなイメージです。

 

大人になるとこのいじめが無くなのかと言えばそうでもなくて、むしろ陰湿さが増しているのではないかと思うことがあります。事いじめに関しては年齢を重ねたからと言って考えが改まることは無いようです。偉そうに子供たちにいじめについて語るほど中身は大人になっていないんだなと、大人と言われる年齢になってはじめて分かりました。

 

 

 

この本の中に“進路は北へ”という作品がありまして、私はこの作品が気に入っています。

 

エスカレーター式の女子校に通う中学生が、上っ面だけの仲の良さ・みんなが同じ目標に向かって進むことに何の疑問も抱かずに時に個性をつぶすくらいの協調性を求められること、そんな息苦しいを嫌いそこから抜け出すために高校受験をする事に決める話です。

 

この中学生、修学旅行先でパイプの中にぎゅうぎゅうに詰まったアナゴを見て学校そっくりだと表現するんです。

 

アナゴは狭い筒の中でぎゅうぎゅうになって過ごしている方が心地が良いらしいです。身動きが取れないくらい窮屈でもそれが幸せ。そんな姿が学校という中で生活する人間の様子に似ていると。

 

 

不思議だなと思うんですが、私たちは最低でも9年間、4年制大学を含めると16年間も学校に通います。この学校という空間では過度なくらいに他者と強調する事が求められます。少なくとも私はそう感じました。強烈な個性を出さずに周りと同質であることがある程度評価される、そんな感じがしました。個性を出しすぎて問題が起きると困ると思っているかのような。

 

そうかと思えば就職活動では「他人といかに違うか」を求められるんですよね。これまでずっと同じでいる事に重きが置かれていたのに、急に裏を返したように個性を求められす。

 

でも、企業に属すると再び、時に個性をつぶしてでも周りと強調する事が求められるんですね。変な問題を起こさない、周りと同質な人間の方が好まれる。なんとも都合がいい世界だなと思います。

 

個性を出さずに生きるのは楽です。周りの流れに従って生きていればいいですから。自分で大きな決断を下すことも少ない。誰かと意見がぶつかることも少ないでしょう。

 

でも、本当にそれでいいんでしょうか?