田舎者×MBA=?? 田舎の銀行員日記

いつか誰かの役に立つかも、と思い英語学習やMBA受験等の記録を残しています。

読書感想『ニュータイプの時代』山口周

読書感想『ニュータイプの時代』山口周

 

ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式

ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式

 

 

最近話題の本です。

 

ざっくり本書の主張を説明すると、20世紀に評価されていたのは従順で問題解決能力に優れたオールドタイプ、これから活躍するのはわがままで構想する能力に優れたニュータイプ、ということです。

 

この主張に基づき、ニュータイプとオールドタイプの違いについて15のカテゴリーに分けて説明しています。

 

中でも私の心に残った記述が2つあります。

 

1つは、現在は問題を解決することすらコモディティ化されていて飽和状態にあり、問題を発見する能力のほうが不足しているということです。

 

これまでは問題がたくさん存在していて、それを解決する能力に長けた人が重宝されていました。しかしながら、日常生活で大きな不満・不安を感じることがなくなった現代においては、これまで見えなかった問題を発見してきて、さらにそれに対して解決策を提示できる人が求められる、ということです。

 

なんとなく、これは大前研一が主張していたことに似ているな、と思いました。たしか彼は、これまでの日本には常に見本となる外国の国々があって、そこに追いつくことを目標に頑張ってきた。つまり、目指すべき目標がはっきりしていたのでそこに向かってひたすら頑張ればよかったということです。

 

しかしながら、日本が世界1の経済大国になった時、目標とするものがなくなってしまった。これまで目標に向かって従順に働いていればよかったのに、目指すべきものが見えなくなってしまった。そうすると、目標を決める人、未来を創造する人が必要となったのに、そういう人材が日本にはほとんどいない。こんな感じのことを言っていたと思います。

 

未来を創造することと、問題を発見してそれに対する解決策を提示することは重なる部分が多いなと思います。

 

 

 

2つ目は、市場で「意味がある」ポジションをとる、という記述です。筆者は「意味のある・なし」と「役に立つ・役に立たない」で4象限のマトリックスを作っています。意味があるというのは情緒的便益、自己実現的便益の有無、役に立つか経たないかというのは機能的便益の有無ということです。

 

そして意味がない&役に立つ、という分野においては勝者総取りが起きうると説明しています。その例としてWEBの検索サービスが挙げられていました。確かに検索サービスは確実に便利で役に立つものです。一方で意味があるものか問われると、別にそのサービスはGoogleが提供しているものであろうとYhaoo!が提供しているものであろうと大して関係がありません。探したいサイトがちゃんと表示されて見つけることさえできればいいのですから、どの企業のものでもいいなと思うわけです。

 

一方で「意味がある」というのは、ブランド物のバッグなどが分かりやすい例でしょうか。ものを入れて持ち運ぶという機能にだけ注目すれば、それはルイヴィトンのカバンであっても、無印のカバンであっても大して変わりません。それでも高価なルイヴィトンのバッグをわざわざ購入する人が大勢いるのは、ルイヴィトンというブランドに何らかの情緒的価値を見出しているからです。

 

 

翻って、私が従事している銀行業というものを考えてみます。

銀行が提供するサービスは確かに役に立ちます。銀行がなければ安全にお金を預けたり、誰かにお金を送ったり、お金を借りたりすることができません。家の中に大金を置いておくのは物騒ですし、万が一盗難にあっても取り戻すのは難しいでしょう。また、お金を借りることができなければ車を買ったり、家を購入したりすることが非常に困難になりますから、銀行の存在は重要です。

 

一方で、銀行に情緒的・自己実現的便益があるかという問いに対しては、疑問が付きます。

 

全国展開するメガバンクのほかに、地方銀行、信用金庫があまたあるほか、今ではネット銀行も随分と増えました。しかしながら、これら金融機関が提供するサービスはどれも同じようなものです。

 

少々洗い言い方をすると、同じサービスに対して異なる手数料・利息を提供しているわけですから、だったら少しでもお得な銀行が良いということになるでしょう。ここに、情緒的・自己実現的な意味があるとは思えません。

 

「住宅ローンや資産家の相続など、対面でないと難しいものがあって、そこで人の差が出る」

「やっぱり地元の金融機関が安心だという人がいる」

 

こういう反論は私自身よく受けます。実際そうおっしゃるお客さんもいます。確かに今は一定数そういう顧客がいます。

 

でも、10年後、20年後はどうでしょうか。物心ついたころから当たり前のようにスマホを操り、ほとんどの手続きがスマホの中で完結する環境を生きてきた人が、同じように銀行に対して意味を感じてくれるでしょうか。私はそうは思えません。

 

 

銀行の将来が不安視されて久しいですが、金融庁はもとより銀行の経営者にも、将来の銀行がこうあるべきという確固としたビジョンが描けている人はいないのではないかと思います。

 

銀行が提供するサービスに「意味」を付加することができるのか、付加できるのであればどうやってそれを実現していくのか、ここが問われているのだなと思う次第です。